同じように焼いても、おいしくならないのはなぜ? フライパンと熱の届け方
同じように焼いても、おいしくならないのはなぜ?
前回は、「火加減を見るより、素材を見る」というお話を書きました。
ジュワーッという音。少しずつ変わっていく色。ふわっと出てくる香り。素材から出てくる水分。
こうした変化は、ただ見た目が変わっているだけではありません。
その裏側では水分が動いたり、タンパク質が変化したり、デンプンが変わったりしています。
つまり素材は、
「今、このくらいまで熱が入っていますよ」と、いろいろな方法で私たちに教えてくれているんです。
そして前回の最後に、こんなことを書きました。
「じゃあ、この素材には、どんなふうに熱を届けたら一番おいしくなるんだろう?」
今回は、この続きを考えてみたいと思います。
これ、考え始めるとなかなか面白いんです。
というのも、
同じように熱を加えれば、どんな素材でもおいしくなるわけではないからです。
例えば、じゃがいもと卵。
どちらもフライパンで焼けます。
でも、じゃがいもを焼くときと卵を焼くときでは、欲しい熱の入り方が全然違います。
もっと言えば、素材によって「こんなふうに熱を入れてほしいんですけど」
という都合があるんじゃないか。そんなふうにも思えてくるんです。
じゃがいもは「ちょっと待って」が必要です
例えば、じゃがいもを少し厚めに切って焼いてみます。
フライパンに並べると、ジュワーッ。いい音がします。
しばらくすると、表面にはおいしそうな焼き色がついてきます。
「おっ、いい感じ」と思って食べてみる。
ところが、「あれ? 中がまだ硬い」ということがあります。
ありますよね。表面はちゃんと焼けています。なのに、中はまだ硬い。
これは、表面には熱が届いていても、中心にはまだ十分に熱が届いていないからです。
じゃがいもの中には水分があり、デンプンがあります。
熱は、表面から中心へ少しずつ伝わっていきます。
そしてデンプンも、水分がある状態で十分に加熱されることで糊化して、私たちが「ホクッ」と感じる状態へ近づいていきます。
つまり、じゃがいもに必要なのは、表面を熱くすることだけではなく、中心まで熱が旅をする時間です。
だったら火を強くすれば早いんじゃない?と思いますよね。
でも、そう簡単でもないんです。
強い熱を与えれば、表面は早く焼けます。
ところが中心まで熱が届く前に、表面だけがどんどん焼けてしまうことがあります。
じゃがいもからすれば、
「そんなに急がなくていいから、中までちゃんと来てよ」
という感じなのかもしれません。
ところが卵は「その辺で止めて」です
では、卵はどうでしょう。
卵をフライパンに落とします。
透明だった白身が、端の方から少しずつ白くなっていきます。
前回も書きましたが、これは卵のタンパク質が熱によって変性しているからです。
ところが卵の場合、じゃがいもとはちょっと事情が違います。
ほんの少し熱の入り方が変わっただけでも、食感が変わってきます。
やわらかかった白身が締まってくる。
とろっとしていた黄身にも熱が入っていく。
さらに焼けば、もっとしっかり固まっていきます。
もちろん、半熟が好き。しっかり焼いた方が好き。これは好みです。
でも面白いのは、じゃがいものように、
「とにかく中心まで熱を届ければいい」
というわけではないことです。
卵には、「はい、そこ。その辺で止めて」というところがあります。
じゃがいもは、「もうちょっと待って」なのに、
卵は、「もうその辺でいいよ」。
同じ「焼く」なのに、ずいぶん違います。
お肉はもっと注文が多いです
では、お肉はどうでしょう。
例えば鶏肉です。
鶏肉も、表面だけ焼けて中が生では困ります。
ですから中心まできちんと熱を届ける必要があります。
ここまでは、じゃがいもと少し似ています。
でも、お肉には別の事情があります。
肉のタンパク質は熱を受けると変性し、収縮していきます。
必要なところまで加熱することは大切ですが、さらに熱を加え続ければ、水分を保持しにくくなり、食感もだんだん締まってきます。
つまり、お肉としては、「中までちゃんと来て。でも、やりすぎないで」という感じです。
しかも、「表面には、おいしそうな焼き色もお願いします」となります。
なかなか注文が多いです(笑)。
でも、考えてみれば料理って、こういう素材のわがままに付き合うことなのかもしれません。
じゃがいもには、じゃがいもの都合がある。
卵には、卵の都合がある。
お肉には、お肉の都合がある。
それを見ながら、「じゃあ、どう焼こうかな」と考える。
そこが料理の面白いところでもあると思うんです。
キャベツにも、もちろん都合があります
では、キャベツはどうでしょう。
キャベツには、たくさんの水分があります。
フライパンに入れると、最初はパリッとしています。
そこから熱が入ってくると、少しずつしんなりしてきます。
さらに焼くと、少し焼き色がついてきます。
香ばしい匂いもしてきます。
「あ、いい感じになってきた」というところです。
ところが、そのまま焼き続ければ水分はさらに抜けていきます。
今度は乾いてきます。
つまりキャベツの場合、水分を飛ばしたい。
でも、飛ばしすぎてもいけない。
焼き色も欲しい。でも、みずみずしさも少し残したい。
これもまた、じゃがいもとも、卵とも、お肉とも違います。
こうして並べると、結構違います
じゃがいも。「もうちょっと待って。中まで来て」
卵。「はい、その辺で止めて」
お肉。「中まで来て。でも、やりすぎないで。あと焼き色もお願いします」
キャベツ。「水分は飛ばして。でも飛ばしすぎないで」
……。
なかなかみんな、わがままです(笑)。
でも、このわがままこそが、それぞれの素材のおいしさなのかもしれません。
全部、同じ「焼く」という料理です。
でも、欲しがっている熱の入り方は、それぞれ違うんです。
ここまで考えていたら、今度は別の疑問が出てきました。
じゃあ、こんなに素材によって欲しい熱が違うのに、それを焼くフライパンは全部同じでいいんでしょうか?
フライパンにも、熱の届け方があります
フライパンというと、丸くて、取っ手が付いていて、その上で食材を焼く。
だいたい同じようなものに見えます。
でも実際には、フライパンによって熱の伝わり方は違います。
例えば、板の厚みです。
薄い鉄板は、火から受けた熱に対して比較的すばやく温度が変わります。
火を強くすれば温度が上がりやすく、弱くすれば変化も比較的早く現れます。
一方、厚い鉄板は温度を変えるために、より多くの熱が必要になります。
その代わり、一度熱を持つと、蓄えられる熱も大きくなります。
ここが面白いところなんです。
同じ鉄です。
でも、
厚さが違うだけで、熱の持ち方や温度の変わり方が違ってきます。
さらに大きさが変われば、食材を入れたときの温度変化も違います。
深さが変われば、食材の動かしやすさも変わりますし、水分や蒸気の抜け方にも影響します。
そう考えると、フライパンって、
ただ食材を乗せておく鉄の皿ではないんですよね。
火から受け取った熱を、素材へ届ける道具でもあるんです。
私たちが板厚や深さを変えてフライパンを作る理由
私たちは、鉄のフライパンを作っています。
そして、私たちが作っているフライパンは全部同じではありません。
板の厚みを変えたり、
深さを変えたり、
大きさを変えたりしています。
「どうして、そんなに変えるんですか?」と思われるかもしれません。
別に、種類を増やしたいからではないんです。
料理をしていると、「ここは、もう少し熱をしっかり持ってくれた方がいいな」と思うことがあります。
逆に、「ここは、もう少し火加減に素早く反応してほしいな」と思うこともあります。
「もう少し浅かったら、返しやすいのにな」という料理もあります。
反対に、「これはもう少し深さが欲しいな」という料理もあります。
そんなことを考えながら料理をしていると、
だんだん、「フライパンって、全部同じでいいんだろうか?」
と思うようになってくるんです。
料理によって、使う素材が違います。
素材が違えば、欲しい熱の入り方も違います。
だったら、その熱を届けるフライパンの方も、料理に合わせて考えていいんじゃないか。
私たちが板厚や深さを変えてフライパンを作っている根っこには、そんな考えがあります。
主役は、フライパンではありません
私たちはフライパンを作っています。
ですから普通なら、「このフライパンはすごいんです」と言いたくなるところなのかもしれません。
でも、私たちは少し違うように思っています。
フライパンそのものが主役ではありません。
主役は、その上に乗る素材であり、そこで作る料理です。
じゃがいもがホクッとおいしく焼ける。
卵が自分の好きな加減に焼ける。
お肉がおいしく焼ける。
キャベツがちょうどいいところで仕上がる。
そのために、
「どんなふうに熱を届けたらいいんだろう?」と考える。
そして、その手伝いをするのがフライパンです。
そう考えると、「厚いフライパンの方が偉い」ということでもありません。
逆に、「薄い方が軽くて使いやすいから正解」ということでもありません。
大切なのは、
何を作るための熱なのか。
そこだと思っています。
フライパンを先に考えるのではなく、料理から考える
前回、「火加減を見るより、素材を見る」というお話をしました。
素材をよく見てみると、それぞれ違うサインを出しています。
そして、その先まで考えてみると、
素材によって欲しい熱の届け方まで違ってきます。
じゃがいもには、じゃがいもの熱。
卵には、卵の熱。
お肉には、お肉の熱。
キャベツには、キャベツの熱。
料理って面白いですよね。
火をつけて、フライパンを置いて、食材を入れる。
やっていることだけを見れば、とても単純です。
でも、そのフライパンの中では、
熱が移動して、水分が動いて、タンパク質が変わって、デンプンが変わって、素材ごとに違う変化が起きています。
それを見ていると、
「じゃあ、この料理には、どんなフライパンがいいんだろう?」
という疑問が自然に出てきます。
だから私たちは、
フライパンを作ってから、
「さて、このフライパンで何を作ってもらおう」
と考えるのではなく、
まず料理を見る。
素材を見る。
そこで必要な熱を考える。
その先に、「だったら、こんなフライパンがあったらいいよね」がある。
フライパンを先に考えるのではなく、料理からフライパンを考える。
私たちは、そんな順番でフライパンを作っていきたいと思っています。













