同じ中火なのに、焼き上がりが違うのはなぜ?
強火・中火・弱火だけでは、料理は決まらない?
前回は、素材によって「欲しい熱の入り方」が違う、というお話を書きました。
じゃがいもなら、
「もうちょっと待って。中まで来て」
卵なら、
「はい、その辺で止めて」
お肉なら、
「中まで来て。でも、やりすぎないで。あと焼き色もお願いします」
キャベツなら、
「水分は飛ばして。でも飛ばしすぎないで」
同じ「焼く」という料理なのに、素材によってずいぶん注文が違います。
そして最後には、
「だったら、その熱を届けるフライパンも、全部同じでいいんだろうか?」
そんなところまで考えてみました。
でも、この記事を書いたあと、もう一つ気になったことがあります。
素材によって欲しい熱が違うのなら、
「じゃがいもは弱火?」
「お肉は強火?」
「卵なら中火?」
そんなふうに考えればいいのでしょうか。
料理のレシピにもよく書いてありますよね。
「中火で焼きます」
「弱火でじっくり」
「強火でサッと炒めます」
もちろん、火加減は大切です。
でも、本当にそれだけで料理の熱を説明できるのでしょうか。
例えば「鶏肉を中火で焼く」とします。
ところが、ここで早くも困ったことが起こります。
「鶏肉って、どの鶏肉?」
という話なんです。
もも肉、むね肉、ささみ。同じ鶏肉なんですけどね
スーパーに行けば、鶏肉だけでもいろいろあります。
もも肉。
むね肉。
ささみ。
全部、鶏肉です。
だったら、
「鶏肉は中火で○分」
で済みそうなものですが、実際に焼いてみると、そうはいきません。
例えば、むね肉。
一枚をそのまま見ると、真ん中あたりは厚く、端に行くほど薄くなっています。
これをそのまま焼いたらどうなるでしょう。
フライパンに触れている表面から、少しずつ中へ熱が入っていきます。
当然、薄いところは早く熱が通ります。
でも、厚いところの中心までは時間がかかります。
「中心までちゃんと焼こう」
と思って待っていると、薄いところには必要以上に熱が入ってしまう。
だから、むね肉を開いたり、厚いところに包丁を入れたりして、できるだけ厚みをそろえることがあります。
これって、よく考えると面白いですよね。
火加減を変える前に、こちらが素材の形を変えて、熱が入りやすい状態を作っているんです。
では、もも肉なら同じでしょうか。
これも違います。
もも肉は、むね肉とは肉質も脂肪の入り方も違います。焼いているうちに脂や肉汁も出てきます。
最初は「ジュワーッ」と焼けていたのに、しばらくするとフライパンの上に水分や脂が出てくる。
そうすると、最初と同じ「中火」のままでも、フライパンの上で起きていることは少しずつ変わっていきます。
水分が多くなれば、その水分を温めたり蒸発させたりすることにも熱が使われます。
焼きたいのに、水分が多く出れば、だんだん「焼く」だけではなく、「蒸す」に近い状態も混ざってきます。
では、ささみは?
ささみは脂肪が少なく、細くて火も通りやすい。
むね肉やもも肉と同じ感覚で、
「まだかな、もうちょっとかな」
と焼き続ければ、今度は水分が抜けてパサッとしやすくなります。
同じ鶏肉なのに、
厚みが違う。形が違う。
脂肪の入り方が違う。
水分の出方も違う。
ということは当然、熱の入り方も違ってきます。
そう考えると、
「鶏肉は中火で焼く」
だけでは、ずいぶん大ざっぱな説明なんですよね。
むね肉を強い熱で焼けば、早く焼ける?
では、厚いむね肉なら火を強くすればいいのでしょうか。
確かに表面は早く焼けます。
ジュワーッと音がして、おいしそうな焼き色もついてきます。
でも、そこで食べてみたら、
「表面はいいんだけど、中がまだ……」
ということがあります。
熱は表面から中へ移動していきます。
表面をどれだけ急激に熱くしても、その瞬間に中心まで同じ温度になるわけではありません。
だから厚い食材ほど、表面と中心には温度の差が生まれます。
表面には十分すぎるほど熱が入っている。
でも中心には、まだ必要な熱が届いていない。
だから、厚みをそろえるという下ごしらえにも意味が出てくるんです。
「強火だから早く焼ける」
これも、半分は正しいけれど、それだけでは説明できないようです。
では、キャベツはどうでしょう
今度はキャベツです。
キャベツは鶏肉とはかなり事情が違います。
なぜなら、キャベツは生でも食べられるからです。
鶏肉なら、必要なところまできちんと加熱することが大切です。
でもキャベツの場合、
「中まで完全に火を通さなければ」
という料理ばかりではありません。
むしろ、
シャキッとした感じを残したい。
少しだけしんなりさせたい。
焼き色をつけて香ばしくしたい。
しっかり炒めて甘みを引き出したい。
どれもありです。
ということは、キャベツの場合、
「どこまで火を通すか」
より先に、
「どんなキャベツを食べたいのか」
を考えた方がよさそうです。
キャベツはフライパンにきれいに並んでくれません
ここも、お肉との大きな違いです。
お肉なら、一枚の面をフライパンにペタッと当てることができます。
ところがキャベツはそうはいきません。
葉っぱは曲がっています。
切れば形もバラバラです。
重なります。
フライパンに触れているところもあれば、浮いているところもあります。
つまり、同じフライパンの中にいても、全部のキャベツが同じように熱を受け取っているわけではありません。
そして加熱していくと、キャベツの中から水分が出てきます。
少ししんなりする。
さらに熱を入れる。
もっと水分が出る。
さらに炒め続ければ、今度は葉がクタッとしてきます。
もちろん、それがおいしい料理もあります。
でも、シャキッとしたキャベツを食べたかったのなら、
「あれ? ちょっと行きすぎた」
となります。
つまりキャベツでは、
「火が通ったか、通っていないか」
だけではなく、
「どこで止めたいのか」
がとても大切になります。
キャベツらしい水分や食感を残したいなら、その少し手前で熱を止める。
しっかり焼いて甘みや香ばしさを出したいなら、もう少し熱を入れる。
同じキャベツでも、食べたい姿によって必要な熱が変わるわけです。
そして卵は、さらに面白いです
最後は卵です。
卵は、熱の話を考えるには本当に面白い素材です。
例えば厚焼き卵。
同じ卵を使っても、最初に入れる油の量で仕上がりが変わります。
フライパンがどのくらい熱を持っているかでも変わります。
卵液を入れたあと、どう動かすかでも変わります。
卵液を入れる。
ジュッと音がする。
少しすると、卵がふくらんで気泡ができる。
それを潰すのか、そのままにするのか。
まだ半熟のうちに返すのか、もう少し待つのか。
返す直前にフライパンを少し振って、卵を滑らせるように動かしてから返すこともあります。
こうすると、卵がまだやわらかいうちに動かせるので、しっとりした仕上がりを作りやすくなります。
つまり卵の場合、
「何度で焼くか」
だけではありません。
焼いている途中で人が何をするか。
ここまで料理の中に入ってきます。
砂糖を入れた卵焼きは、また別です
そして卵焼きには、もう一つ面白いことがあります。
砂糖です。
砂糖を入れた卵焼きと、入れない卵焼き。
同じ火加減で焼いても、焼き色のつき方は同じではありません。
砂糖を加えた卵液は焼き色がつきやすくなるため、いつもの感覚で焼いていると、
「あれ、今日はずいぶん色がつくな」
ということがあります。
そうなると、同じ「中火」でも調整が必要になってきます。
油の量。
フライパンが持っている熱。
砂糖を入れるかどうか。
卵をどのタイミングで動かすか。
どこで返すか。
どのくらい半熟を残すか。
全部が仕上がりに関係しています。
そう考えると、
「卵焼きは中火で焼きます」
という一言だけでは、やっぱり足りないんですよね。
なんだか「強火・中火・弱火」だけでは足りなくなってきました
ここまで、鶏肉、キャベツ、卵を見てきました。
鶏肉では、肉の種類や厚み、形、脂や水分を見る。
キャベツでは、どんな食感を残して、どこまで熱を入れたいのかを見る。
卵では、油や砂糖だけでなく、焼いている途中の自分の手の動きまで関係してくる。
全部「焼く」という料理です。
でも、ずいぶん違います。
もちろん強火・中火・弱火は大切です。
でも料理をしていると、
「中火だから大丈夫」
とは、なかなか言えません。
なぜでしょう。
ここで、ちょっとフライパンの方を見てみます。
食材を入れた瞬間、フライパンでは何が起きている?
火にかけたフライパンがあります。
十分に温まっています。
そこへ冷たい鶏肉を置きます。
ジュワーーッ。
この瞬間です。
いったい何が起きているのでしょう。
フライパンが持っている熱が、鶏肉へ移っていきます。
ということは逆から見れば、
鶏肉を入れた瞬間、フライパンは自分が持っていた熱の一部を鶏肉へ渡していることになります。
当然、フライパン側の温度も影響を受けます。
でもその下では、コンロの火がフライパンを熱し続けています。
コンロからフライパンへ熱が入る。
フライパンから鶏肉へ熱が移る。
鶏肉から水分が出る。
その水分を温め、蒸発させるためにも熱が使われる。
そしてまたコンロから熱が入ってくる。
料理をしている間、これがずっと続いています。
つまりフライパンは、
「中火だから、この温度」
と一定になっているわけではありません。
熱を受け取って、
食材へ渡して、
また受け取って、
また渡す。
料理をしている間、熱はずっと動いているんです。
だから、同じ中火でも同じ料理にはならない
ここまで考えると、最初の疑問に少し答えが見えてきます。
同じ中火でも、
厚いむね肉を置いたとき。
薄いささみを置いたとき。
キャベツを少し入れたとき。
山盛り入れたとき。
卵を入れたとき。
全部、フライパンから奪われる熱も、その後の熱の動きも違います。
さらに水分が出れば、その水分にも熱が使われます。
だから、
「コンロの火を中火にしました」
ということと、
「食材に同じように熱が届いています」
ということは、同じではないんです。
火を見ることから、熱の動きを見ることへ
料理を始めた頃は、
「これは強火かな」
「中火かな」
「もう少し弱くした方がいいかな」
と、どうしてもコンロの火を見ます。
もちろん、それも大切です。
でも、少し料理を違う方向から見てみると、
鶏肉から水分が出てきた。
キャベツがしんなりしてきた。
卵がふくらんできた。
焼ける音がさっきより小さくなった。
焼き色がつき始めた。
こうした変化の方が、実際にフライパンの中で起きていることを教えてくれているのかもしれません。
前回は、
「火加減を見るより、素材を見る」
というお話をしました。
今回は、そこからもう一歩進んで、
「素材とフライパンの間で、熱がどう動いているのかを見る」
というところまで来ました。
そうすると料理は、
強火。
中火。
弱火。
という三つだけでは、ちょっと収まらなくなってきます。
でも、だから料理は面白いんだと思います。
火をつける。
フライパンが熱を受け取る。
食材を入れる。
フライパンから食材へ熱が移る。
食材が変わる。
水分が動く。
そして、その変化を見ながら私たちが火を変えたり、食材を動かしたり、ちょうどいいところで止めたりする。
料理って、火を使っているようで、
実はずっと「熱のやり取り」をしているのかもしれません。
では、一度にたくさんの食材をフライパンに入れたら、この熱のやり取りはどうなるのでしょう。
同じ火加減なのに、少しずつ焼いたときはおいしく焼けたのに、たくさん入れた途端、水が出てベチャッとしてしまう。
そんな経験、ありませんか?
どうやらここにも、「火が弱かった」だけでは説明できない理由がありそうです。
これは、また次回考えてみたいと思います。












