同じ中火なのに、なぜ? フライパンに食材を入れすぎるとベチャッとする理由
たくさん入れると、なぜフライパンは急に焼けなくなる?
前回は、料理は「強火・中火・弱火」だけでは決まらない、というお話をしました。
例えば同じ中火でも、
鶏肉を入れたとき。
キャベツを入れたとき。
卵を入れたとき。
フライパンの中で起きていることは、同じではありません。
食材を入れれば、フライパンが持っていた熱が食材へ移ります。
食材から水分が出れば、その水分を温めたり、蒸発させたりすることにも熱が使われます。
つまり料理をしている間、
「コンロからフライパンへ」
「フライパンから食材へ」
と、熱はずっと動いているんですね。
そんなところまで前回は考えてみました。
そして最後に、一つ疑問が残りました。
では、一度にたくさんの食材を入れたら、この熱はどうなるんだろう?
今回は、ここから考えてみたいと思います。
少しなら上手に炒められたのに……
例えば、野菜炒め。
一人分だけ作ったときには、シャキッとして、なかなか上手にできた。
「今日はいい感じだな」
なんて思います。
そこで今度は、家族の分も一度に作ってみます。
キャベツを入れて、もやしを入れて、お肉も入れて。
フライパンいっぱいにドサッ。
火加減は、前と同じです。
ところが……
最初はジュワーッといい音がしていたのに、しばらくすると水が出てきます。
さらに炒めていると、
「あれ?」
フライパンの底に水がたまってきました。
そして気がつけば、
「これ、炒めているというより、煮てない?」
みたいな状態になってしまう。
同じフライパン。
同じ中火。
同じように炒めている。
なのに、少し作ったときと、たくさん作ったときでは全然違う。
これ、なぜなんでしょう。
まず、フライパンにも「持っている熱」があります
火にかけて温まったフライパンは、熱を持っています。
そこへキャベツを少し入れてみます。
ジュワッ。
フライパンが持っていた熱の一部が、キャベツへ移ります。
もちろん、その瞬間にはフライパンの温度も少し下がります。
でも、その下ではコンロが燃えています。
コンロからは、また熱が入ってきます。
食材に熱を渡す。
コンロから熱をもらう。
これを繰り返しているわけです。
では、ここにキャベツを山盛り入れたらどうでしょう。
ドサッ。
今度はフライパンからすると、
「ちょっと待って。一気に来たな」
という状態です。
100gのキャベツを温めるのと、300gのキャベツを温めるのでは、必要になる熱は当然違います。
食材が多ければ、それだけたくさんの熱がフライパンから食材へ移っていきます。
でも、コンロから入ってくる熱が急に3倍になるわけではありません。
つまり一時的に、入ってくる熱より、出ていく熱の方が多くなる。
すると、どうなるでしょう。
フライパンが持っていた熱が減って、温度が下がります。
ここが面白いところです。
火は中火のままなんです。
でも、
「中火のまま」=「フライパンも同じ温度のまま」
ではないんですね。
しかも食材は「水」まで持ってきます
ここから、もう一つ問題が起こります。
野菜には水分があります。
お肉にも水分があります。
加熱すると、その水分の一部が表面へ出てきます。
食材が少なければ、出てくる水分もそれほど多くありません。
フライパンが十分に熱ければ、
ジュワッ。
水分が出ても、どんどん蒸発していきます。
ところが食材をたくさん入れたらどうでしょう。
当然、出てくる水分も多くなります。
キャベツから水分。
もやしからも水分。
お肉からも水分。
フライパンからすると、
「今度は水まで来たの?」
という状態です。
水を飛ばすのにも、熱が必要です
フライパンの上に出てきた水は、勝手に消えているわけではありません。
水を温めるために熱が必要です。
さらに、その水を水蒸気にして飛ばすためにも熱が必要です。
これが意外と大きいんです。
つまりフライパンは、
食材を温める。
出てきた水を温める。
その水を蒸発させる。
その間にも、また食材から水が出てくる。
なかなか忙しい。
こちらは、「いい焼き色をつけてください」と思っているのに、
フライパンからすれば、
「その前に、この水をどうにかさせてください」
という状態になっているわけです。
「焼く」が、いつの間にか「蒸す」に近づいてくる
ここが今回、一番面白いところかもしれません。
私たちは野菜炒めを作っています。
だから当然、「野菜を焼いている」つもりです。
でも食材をたくさん入れる。
フライパンの温度が下がる。
そこへ食材から水分が出てくる。
その水がフライパンの底にたまってくる。
すると、
ジュワーーッ
だった音が、だんだん
グツグツ……
に変わってきます。
この音の変化、料理をしていると経験ありませんか?
こうなってくると、フライパンの中で起きていることも変わっています。
最初は「焼く」だったのに、
だんだん「蒸す」や「煮る」に近い状態が混ざってくる。
水分が多く残っている間は、食材の表面も高い温度にはなりにくくなります。
だから焼き色もつきにくい。
さらに炒め続ける。
やっと水が減ってくる。
すると今度は、またジュワッと焼け始める。
「あ、やっと焼け始めた」
なんてこともあります。
つまり、
食材をたくさん入れたらベチャッとした
というのは、単純に「火が弱かった」というだけの話ではないんですね。
もう一つ。フライパンに触れていない食材も増えています
さらに考えてみます。
キャベツを少しだけフライパンに入れたとします。
底に広げれば、多くのキャベツがフライパンに触れます。
ところが山盛りにしたらどうでしょう。
一番下のキャベツは、鉄に触れています。
では、その上のキャベツは?
キャベツの上に乗っています。
さらにその上も、キャベツの上。
ということは、
同じフライパンの中にいるのに、フライパンから直接熱をもらっている食材と、そうでない食材がある
ということになります。
下ではジュワッと焼かれている。
上では下から上がってきた蒸気に包まれている。
もちろん途中で混ぜれば、場所は入れ替わります。
でも、全部の食材が同じようにフライパンから熱を受け取っているわけではありません。
こう考えると、
「たくさん入れたなら、火を強くすればいいじゃない」
だけでは、なかなか解決しない理由も見えてきます。
だったら、大きなフライパンを使えばいい?
ここで、こんなことを思います。
「じゃあ、大きなフライパンを使えばいいんじゃない?」
これは確かに一つの方法です。
フライパンが大きくなれば、食材を広げられる面積も増えます。
食材同士の重なりも少なくできます。
水分も逃げやすくなる。
焼きたい料理では、かなり有利になります。
でも……
ここにも、ちょっと落とし穴があります。
フライパンだけ大きくしても、コンロまで大きくなるわけではありません。
大きなフライパンを、小さなコンロで熱する。
すると中央部分はしっかり熱くなっているけれど、外側では同じように熱が入っていない。
そんなこともあります。
つまり、
「大きなフライパンなら大丈夫」
とも言い切れないんですね。
食材の量。
フライパンの大きさ。
コンロから入ってくる熱。
食材から出てくる水分。
そして食材がフライパンにどのくらい触れているか。
いろいろなものが関係しています。
ここで「鉄の厚さ」も関係してきます
そして、鉄フライパンを作っている私たちとしては、ここでやっぱり気になるものがあります。
それが、
鉄板の厚さです。
同じ大きさの鉄フライパンなら、鉄が厚くなるほど鉄そのものの量も増えます。
鉄の量が増えれば、同じ温度まで温まったときに持っていられる熱の量も増えます。
そうすると、
「じゃあ、厚いフライパンの方がいいんじゃない?」
と思いますよね。
ところが……
料理は、そんなに単純でもありません。
厚くなれば、重くなります。
温まるまでにも時間がかかります。
反対に、一度しっかり温まれば、食材を入れたときの温度変化は比較的小さくできます。
では、薄い鉄板はダメなのか。
これも違います。
薄い鉄板には、温まりやすさがあります。
火加減を変えたときにも、厚い鉄板とは違った反応をします。
だから、
厚いから良い。
薄いから悪い。
という話ではありません。
結局ここでも、
「何を、どう焼きたいのか」
という話に戻ってくるんです。
「何センチのフライパン?」だけでは決められないのかもしれません
フライパンを選ぶとき、
「二人家族なら何センチ」
「四人家族なら何センチ」
という選び方があります。
もちろん、それも一つの目安です。
でも今回の話を考えると、それだけではちょっと足りない気がします。
例えば同じ26cmのフライパンでも、
目玉焼きを2個焼く。
鶏肉を1枚焼く。
キャベツを100g炒める。
家族4人分の野菜炒めを山盛り作る。
これでは、フライパンがしなければならない仕事がまったく違います。
同じ26cmでも、
何を、どのくらい入れるかによって、フライパンの中の熱の事情は変わる。
こう考えると、
「このサイズなら何人前です」
だけでは、フライパンってなかなか説明できないんですよね。
フライパンの中にも「収支」がある?
ここまで考えてきて、ちょっと面白い言い方をしてみます。
フライパンの中にも、
「熱の収支」
があるんじゃないでしょうか。
収支というと、なんだか家計簿みたいですよね。
例えば毎月30万円入ってくる。
でも40万円使った。
そうしたら、足りない10万円は貯金から出すことになります。
フライパンも、ちょっと似ています。
コンロから熱が入ってくる。
これが「収入」。
食材を温めるために熱を使う。
水を温めるためにも使う。
その水を蒸発させるためにも使う。
これが「支出」。
もし入ってくる熱より、出ていく熱の方が多くなったら?
フライパンが持っていた熱を使います。
つまり「貯金」を使うようなものです。
そうするとフライパンの温度が下がってくる。
逆に食材が少なく、水分も少なければ、熱に余裕があります。
そう考えると料理って、
単純に、
「強火にする」
「中火にする」
「弱火にする」
ということだけではなく、
入ってくる熱と、使っている熱のバランスを取りながら料理している
とも言えそうです。
だから「二回に分けて炒める」には、ちゃんと理由があります
料理本などを見ると、
「食材は入れすぎず、何回かに分けて炒めましょう」
と書かれていることがあります。
でも実際に料理していると、
「面倒だなあ。一回でやっちゃおう」
と思いますよね。
私も、その気持ちはよく分かります。
でも今回の話から考えると、二回に分けることにも、ちゃんと意味があります。
一度に入れる食材が減る。
するとフライパンから一気に奪われる熱も少なくなる。
一度に出てくる水分も減る。
食材を広げやすくなるので、フライパンに直接触れる部分も増える。
つまり、
「焼く」という状態を保ちやすくなる。
だから二回に分けるんですね。
ただ、いつでも分ければいいわけでもありません。
例えば、このあと煮込む料理なら、そこまで焼き色にこだわらなくてもいいかもしれません。
反対に、
「今日は表面を香ばしくしたい」
という料理なら、面倒でも二回に分けた方がいい。
こうやって考えられるようになると、
「レシピにそう書いてあったから」
ではなく、
「今日はこうしたいから、こうしよう」
と自分で料理を決められるようになります。
私は、そこが料理の面白いところだと思うんです。
少し長く語ってしまいましたが……
今回は、フライパンの熱について、ずいぶん長く語ってしまいました。
「そこまで考えて料理しなくてもいいんじゃない?」
と思われるかもしれません。
もちろん、毎日の料理で、いちいち熱の収支まで考える必要はありません。
でも、私たちがここまで料理のことを考えてしまうのには、理由があります。
それは、
今日食べるものが、明日の自分の体をつくっていくからです。
今日食べたものが消化され、吸収され、それが体を動かすエネルギーになったり、体をつくる材料になったりする。
私たちの体の中では、古くなったものが入れ替わり、新しいものがつくられています。
その速さは、体の場所によって違います。
数日というものもあれば、もっと長い時間をかけて入れ替わっていくものもあります。
そう考えると、
今日の料理は、今日お腹をいっぱいにするためだけのものではないのかもしれません。
明日の体をつくる料理。
3日後の体をつくる料理。
そして、その先の自分の体につながっていく料理。
だから、私たちは料理を大切にしたいと思っています。
難しく考えてほしいわけではありません。
むしろ、
「どうして今日はうまく焼けたんだろう?」
「どうして今日は水が出たんだろう?」
そんな小さな疑問を一つずつ知っていけば、料理はもっと面白くなるし、毎日の食事も少しずつ変わっていくと思うんです。
フライパンを作っている私たちが、鉄の話だけではなく、こうして料理の熱について長々と書いているのも、そんな思いがあるからです。
さて、ここまで熱の話をしてくると、また次の疑問が出てきます。
鉄板の厚さが、
1mm。
1.6mm。
2.3mm。
と変わったら、料理の中では何が変わるのでしょう。
厚ければ厚いほど、本当にいいのでしょうか。
それとも料理によって、「ちょうどいい厚さ」があるのでしょうか。
次回は、私たちが毎日触っている「鉄の厚さ」から、料理の熱をもう少し考えてみたいと思います。












