肉汁は逃げるのではありません。素材を生かすという料理の考え方
肉汁は逃げるのではありません
前回は、「時間は素材の力を引き出す道具」というお話を書きました。
熱は素材の中を旅します。
そして、その旅をする時間があるからこそ、素材は少しずつ姿を変えていきます。
今回は、その考え方をお肉で見てみようと思います。
きっと一度は聞いたことがありますよね。
「肉汁を閉じ込める」
という言葉です。
表面ばかり見ていると気付かないこと
ステーキを焼いていると、表面にはあっという間に美味しそうな焼き色が付きます。
すると、「もう焼けたかな?」と思ってしまいます。
でも、その頃、お肉の中では熱がまだゆっくり旅をしています。
ここで強火を続けると、表面はどんどん高温になり、中へ届く熱も強くなります。
すると、たんぱく質は大きく縮み、肉汁は外へ押し出されやすくなります。
反対に、表面に焼き色を付けたあと、中へ熱がゆっくり届く時間を作ってあげると、お肉は必要以上に縮みにくくなります。
時間を味方にするとは、こういうことなのだと思います。
強火で表面を焼けば肉汁が閉じ込められる。昔からよく言われてきた考え方です。
でも最近では、この考え方は少し違うことが分かってきました。
実際には、表面を焼いたからといって、水分を閉じ込める膜ができるわけではありません。
では、なぜ焼き方によってジューシーさが変わるのでしょう。
その答えも、やっぱり「時間」の中にあります。
お肉の中では何が起きているのでしょう
お肉は加熱されると、たんぱく質が少しずつ変化していきます。
最初はゆっくり変化が始まり、さらに温度が上がると縮み始めます。
この縮む力が強くなるほど、お肉の中にあった水分は少しずつ外へ押し出されます。
つまり、肉汁は「逃げる」のではなく、押し出されている。
そう考えた方が分かりやすいかもしれません。
だから大切なのは、「どれくらい強い火で焼いたか」だけではありません。
どれくらいの時間、その温度で素材が仕事をしていたか。
そこが、とても大切なのです。
表面ばかり見ていると気付かないこと
ステーキを焼いていると、表面にはあっという間に美味しそうな焼き色が付きます。
すると、「もう焼けたかな?」と思ってしまいます。
でも、その頃、お肉の中では熱がまだゆっくり旅をしています。
ここで強火を続けると、表面はどんどん高温になり、中へ届く熱も強くなります。
すると、たんぱく質は大きく縮み、肉汁は外へ押し出されやすくなります。
反対に、表面に焼き色を付けたあと、中へ熱がゆっくり届く時間を作ってあげると、お肉は必要以上に縮みにくくなります。
時間を味方にするとは、こういうことなのだと思います。
「待つ」のではなく、「素材に任せる」
料理をしていると、「もう少し焼こうかな」と思うことがあります。
でも、その数十秒は、何も起きていない時間ではありません。
熱は素材の中を旅しています。たんぱく質は少しずつ変化しています。肉汁も動いています。香りも育っています。
私たちは待っているように見えますが、実は違います。
素材が仕事をする時間を大切にしている。ただ、それだけなのです。
ここまで書いていて、ふと思い出したことがありました。
少し前に、脳科学を研究されている先生が「運」について書かれた本を読んだことがあります。
その本には、とても印象に残ることが書かれていました。
私たちは「運が良い人」というと、仕事が成功したり、お金に恵まれたり、何をやってもうまくいく人を思い浮かべます。
でも、その先生は少し違う見方をされていました。
運が良い人は、最初から何でもうまくいく人ではない。
まず最初にやっていることは、自分を最大限に生かすこと。
その結果として、うまくいく確率が高くなり、「運が良い人」と見えるようになっている、という考え方でした。
その話を思い出したとき、「あれ、料理も同じかもしれない。」そんなことを思ったのです。
料理をしていると、「上手に作ろう。」「美味しく作ろう。」と考えてしまいます。
もちろん、それも大切です。
でも、少し見方を変えて、この素材が持っている力を、どうすれば一番生かせるだろう。
そんなふうに考えてみると、料理の景色が少し変わってきます。
甘くなる力。香ばしくなる力。旨味を育てる力。
それは、私たちが作り出しているわけではありません。
もともと素材の中に備わっている力です。
私たちがしていることは、その力が働きやすい環境を整えてあげること。
そう考えると、料理も人も、どこか似ている気がします。
素材を生かそうとすることが、美味しい料理につながる。
自分を生かそうとすることが、良い結果につながる。
そんな共通点があるのかもしれません。
私たちのフライパンも、「生かす」という考え方で作っています
ここまで「素材を生かす」ということを書いてきました。
実は、この考え方は私たちがフライパンを作るときにも、一番大切にしていることです。
フライパンを作っていると、「もっと厚くした方がいい。」「もっと軽くした方がいい。」そんな話になることがあります。
でも、私たちは「厚いこと」や「軽いこと」を目標にはしていません。
私たちがいつも考えているのは、
どうすれば、この料理がもっと作りやすくなるだろう。
どうすれば、この素材がもっと力を発揮できるだろう。
ということです。
例えば、板厚を変えることがあります。
それは、「厚い方がすごいから」ではありません。
ステーキのように、食材を入れても温度が下がりにくい方が美味しく焼ける料理があります。
一方で、料理によっては、そこまで厚みが必要ないものもあります。
つまり、板厚にはそれぞれ役割があるのです。
また、フライパンの深さを変えることもあります。
例えばチャーハン。
具材をご飯と一緒に大きく返しながら炒める料理です。
そんな料理なら、少し深さがあった方が食材を返しやすく、鍋の中で食材を自由に動かすことができます。
炒め物でも同じです。
料理によって、使いやすい形は少しずつ違います。
だから私たちは、
板厚を変え、
深さを変え、
大きさを変え、
その料理や、その料理を作る人が、一番力を発揮できる形を考えています。
つまり、私たちが作りたいのは、主役になるフライパンではありません。主役は、料理を作る人です。そして、お肉や野菜などの素材です。
フライパンは、その人や素材が持っている力を引き出すための道具。
それが、私たちの考えるフライパンです。
料理をしていて、「今日は上手に焼けた。」「この野菜、甘くて美味しい。」
そんなふうに感じてもらえたら、それが私たちにとって一番うれしいことです。
フライパンが褒められるよりも、料理が美味しいと言ってもらえる方が、ずっと嬉しい。
そんな道具を目指して、私たちはフライパンを作っています。
次回はキャベツを焼いてみます
今回は、お肉を例に「時間」について考えてみました。
では、キャベツはどうでしょう。
焼き始めはシャキシャキしています。少し時間が経つと甘味が出てきます。
さらに焼くと水分が抜け、香ばしさが増していきます。
同じ「時間」という道具でも、素材が変われば仕事の内容は変わります。
キャベツの中では、どんな変化が起きているのでしょう。
そして、「弱火でじっくり焼く」とよく言われますが、その言葉にはどんな意味が隠れているのでしょう。
次回は、キャベツを焼きながら、「時間」という道具がどんな仕事をしているのかを、もう少し掘り下げてみたいと思います。












