「あじねフライパン通信」297号

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あじねフライパン発行 第297号(2022/9/10)

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こんにちは。

あじねフライパンの内田です。



こちら厚木は、朝晩は涼しくなってきました。


皆さんの所はいかがですか?




メルマガは月一回配信したいと思っているんですが、
今回資料集めていたら思いのほか多くなって時間がかかりました。

その甲斐あって結構、大作です


って言ってみたりして・・・・




さあさあメルマガ、元気にスタートです。




◇ 目 次  ◇


【1】 楽しいレシピのその前に
  
【2】「鉄フライパンの楽しいレシピ」

【3】フライパンの出来上がりと錆磨き直し日程のお知らせ

【4】今回のレシピ詳細と更に美味しくなるポイント


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皆さん、和菓子はお好きですか?



鉄フライパンのメルマガなのに「和菓子が好きか?」って・・・・いきなり話が飛んでますが、でも、ちょっとお付き合いください。




和菓子には日本三大和菓子処って言うのがあるそうです。それは京都、金沢、松江



京都はなんとなく分かりますが、金沢と松江はなぜ?って感じです。
仙台でも福岡でも良いのにって思いましたが、でも、金沢は茶の湯が盛んな地域なんだそうです。





和菓子と言ったら、絶対に砂糖が必要です。




砂糖って聞いて「またか」って、思ってません?

なにせ、前回も前々回も砂糖について書いてますからね。




でも、今回も砂糖について書きまーーす。



いや!書かせてください!!


砂糖は思っていた以上に面白いんです。

いやいや、



面白いって表現は適切ではありません。


と言っても、砂糖が健康に良いとか含まれている栄養とか、
その辺のことはネットで沢山ありますので、全然違う角度から書きます。




砂糖はアメリカ独立戦争のキッカケになったり、奴隷労働が支えていたり、外国での歴史は”砂糖なのに甘くない”って言うのが前回までの内容でした。





でもね、それは外国の話





と思っていたんですが・・・・





実は日本も”砂糖なのに甘くない”事があったんです。





幕末から明治維新

諸外国や幕府側と新政府側で、戦いがありました。

この影の立役者は、もしかしたら砂糖かもって話なんです。





前回書いた通り日本での砂糖生産は、江戸時代中期から始まりました。

主な生産地は奄美大島、喜界島、徳之島と琉球産。これらは薩摩藩が扱っていました。


それと、徳川吉宗が砂糖生産を全国に奨励して作った各地の砂糖です。
和三盆糖は今も有名ですが、その他静岡でも栽培されていたりして、、、、、実は今も作られています。ちょっと驚きです。



そうそう、浜離宮でも栽培していたそうです。

将軍家別邸の浜離宮に、3メートル程の砂糖きびがうっそうと茂っていたなんて、今の浜離宮からは想像できません。





 で、




なんで吉宗はそうしたかと言うと、儲かりそうだから。

江戸初期は良かったんですが、時代が進むと各藩は財政難になっていきます。なので「だったら砂糖を作ってみたら」って感じでしょうか。



そんなこんなで、国内の砂糖は、長崎からの輸入物と国内各地からの物と薩摩物で占められます。



先程、各藩は財政難って書きましたが、例外なく薩摩藩も財政難になるんですが、薩摩藩はちょっと違う点がありました。





それは・・・・




「桁違いに財政難」



 と



「俺、借金返さないから」





って、薩摩のお殿様が勝手に言っちゃった事。





だから次の年から、誰もお金を借してくれなくなったんです。


そりゃそうですよ。

この辺の事は映画とか時代劇ドラマで有名なので詳しくは書きませんが、
これで困った薩摩藩主島津重豪(しげひで)は、金策係として調所笑左衛門広郷(ずしょしょうざえもんひろさと)を登用します。





「優秀だから」と言うより・・・・



「もう誰もやってくれそうにないから、あいつに・・・」ってニュアンスの方が強いです。





でも、、、、、




この調所笑左衛門こそが、砂糖の価値を作った一人になるんです。


笑左衛門は、茶坊主としてずっと重豪に仕えてきたので、「これは、御家の一大事!!!」と金策に走りますが、やっぱりどこからも相手にされません。



困り果てていた中、両替商の出雲屋孫兵衛だけが話を聞いてくれました。

もちろん孫兵衛も薩摩藩の対応には呆れ果てていましたが、孫兵衛はある秘策を持っていたんです。




それは!!!





砂糖の管理を徹底し、薩摩で出来た砂糖は全て藩が買い上げて専売制にすること。
そして砂糖相場で利益が出るようにする事でした。



普通お抱えクラスでもない商人の提案なんて聞かない所、笑左衛門は聞き入れます。



本によっては、笑左衛門の千里眼の様な書き方をしているものもあれば、「聞くしかなかった」と書く本もあります。
私は後者だと思います。




と言うのは、それまで薩摩では砂糖を入れる樽は壊れるし、計量する枡も不揃い。

樽が壊れたら砂糖が漏れますから直しますが、薩摩藩では直しません。
計量枡が不揃いでも、薩摩藩はお構いなし。


何故なら、漏れた砂糖や不揃いの計量で儲けていた役人や商人が多かったんです。





こんな事を知っていた孫兵衛は、これらをしっかり整備して品質管理を徹底すれば、国内主要の砂糖生産地の薩摩なら砂糖相場で利益が出せると踏んだんです。

その狙いは、見事に的中しました。



って言うより、言っちゃあなんですけど、これ秘策と言うより当たり前っていうか・・・普通に思う事ですよね。



で、その翌年から砂糖は十分な利益が出せる薩摩の主要産業になったんです。






ただ・・・・・




この成功によって、逆に砂糖産地の奄美大島、喜界島、徳之島には多大な負担が起こり始めるんです。


笑左衛門は各島に役人を配置し、生産体制の徹底と生産効率、そして品質管理も徹底し抜荷や脇売りなどは罰します。

例を挙げるとこんな感じ。↓



粗悪な砂糖を作った場合は、首枷足械の罰

抜き砂糖は死罪、共犯者は遠島

指先の砂糖をなめたらムチ

子供の盗み食いは棒しばり

砂糖を大量に貢がなけば、姓を貰えなかったなんて話もあるんです。



また島内では貨幣流通をなくして納める年貢以上を給料とし、お金ではなく砂糖と生活品と交換する生活になります。

これで年貢を収められない者はさらに借金苦になり、豪農と言われる借り主へ自身を身売りして家人(やんちゅう)となる者もいたそうです。

奄美の”カンデナの碑”は今でも残っている話です。





ただ。。。。。。




「大島代官記」などの資料を見る限りですが、笑左衛門の策が効果を出して年々生産量のアップにはなってません。

でも、藩の収益は上がっています。



それに不思議なのは・・・・・




ここまで厳しく島民管理をしときながら、一向宗弾圧があった背景も含め薩摩の他の地区の人口は減っているのに対して、奄美地方の人口は増えています。



”子供は労働力”って時代かもしれませんが、刑罰で縛られたり食事もななまらない所謂奴隷生活で人口って増えるんでしょうか。

人口が増えるって、未来にマイナス要素より少しでもプラス要素が多くないと増えないように思いますが・・・皆さんはどう思われるでしょうか。



一つの考え方として、以前は砂糖の管理体制がダメダメで、笑左衛門はそれをただ単に正常化させて藩の収益がアップした。

ただ、砂糖にも豊作凶作があり、米と同様豊作にはそれなりに良いことが、凶作ではやはり厳しい現実があった。

そんな事も考えられるかも。。。。。





このような背景で薩摩の砂糖は、薩摩藩の財政の基軸になります。

加えて笑左衛門は、唐物貿易の拡大でも財政を支えようとします。


唐物貿易は、もともと幕府から規定量範囲は許されていたのですが、拡大として密貿易をします。これ完全にアウトです。



 で、




その主な品は薬。



薩摩は薬の輸入量を増やし、富山の薬売りと組みたいと考えました。




これにそのルートを持っていた加賀の御用商人銭屋五兵衛が加わります。

五兵衛は松前藩から昆布などを扱っていて、これを琉球から清国に輸出したいと考えていたんです。
薩摩はもともと清国と貿易をしていたので、両者の利害が一致。


往路では松前の昆布など乾物を薩摩まで運び、帰路は薬だけでなく薩摩からの砂糖も積んで帰ってくる。
もちろん拡大分も分からないように積んで。。。。。


そんなルートが北前船で出来た結果、加賀には砂糖が安定的に届き和菓子文化が発展した。
加賀には和菓子の老舗が多いっていうのも、そんな事からかもしれません。




そんなこんなから薩摩藩は金策をして、やがてくる外国の脅威と明治維新では、軍備を備えた意見を言える藩となります。



その費用は奄美地方の砂糖があったからこそ。

それを実行した笑左衛門は悪人なのか?救世主なのか?その論説はあるようです。



”来たるべき時に備える”

これは、笑左衛門が仕えた藩主島津家豪の意思です。




薩摩は、琉球を通じてアジアで起こっていることを何処よりも知っていて、とても危惧していた。

そして、その10年後その諸外国が実際に日本にやって来ました。




もし薩摩藩が砂糖で軍備を備えていなかったら・・・・・・
もちろん多くの犠牲があった上の話ですが、、、、



言って見れば砂糖によって守られた、のかも・・・・




日本でも砂糖の歴史は甘くないって感じでしょうか。

砂糖って興味深いですよ。






今回は、食卓の話題になりそうですか?


ちょっと無理あるかな・・・・・・

でも、ぜひ会話の話題に。



続いては鉄フライパンのレシピです。




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【2】鉄フライパン屋の楽しいレシピ
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薩摩の話だったので、鹿児島の何かって事で「豚味噌」を紹介します。





って思ってたら、豚味噌は必ずしも鹿児島限定ではなく沖縄にもと教えて頂きまして、、、、、





だったら駄目かと思っていたら、この料理、実は都合がいいって言うか・・・・



各家庭、色々バリエーションがあって結構面白いんです。



なので、このまま豚味噌で行く事にしました。




で、



どう面白いかと言うと、、、、、、

ご飯のお供から始まり

野菜に

炒める肉の味付けに

おにぎりの具にも


って感じで、色々使うようなんです。




それと何を入れてもそこそこの味に収まる





だから失敗が少ない。





皆さんの献立で抜群に美味しいものを作った時と、抜群に不味いものを作った時、どっちが記憶に残っています?





後者と言った皆さん!!


直ぐに今回のレシピを作って下さい。



作ったら冷蔵庫に入れて、常備菜としていかがでしょう。




冷蔵庫に入れて一日経つと、味も熟れて、作った時よりもいい感じになります。

もう「不味い」なんて言われないでしょう(笑)



まずは、熱々の炊きたご飯に乗せて楽しんで下さい。





作り方は難しくありません。





鉄フライパンで「じゅ~~~」って、いい音させて作って下さいね。






で作ったのがこれ


 ↓ ↓

https://ajinefrypan.com/cookinbutamiso.html






詳しい作り方は下に




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【3】フライパンの出来上がりと錆磨き作業のお知らせ
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□■ただいまのフライパンの出来上がり日数はこちらに。
https://ajinefrypan.com/frypanuplist.html


□■錆磨き直しの作業日程

 只今の磨き直しのお預かり期間は3~4週間ほどです。
 お電話またはメールでご予約ください。

  ※お預かり期間が長くなりご迷惑をかけてしまう場合がございます。
  お日にちに余裕がございましたら、前もってご予約されるといいです。

  電話(通話料無料)0120-218-292 (9:00~18:00)
  またはメールをご利用下さい。


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【4】詳しい作り方とポイント
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【材料】

豚バラの塊 130g(豚バラの薄切りでも可)
味噌 130g(味噌は麦味噌を使う人が多いです)

にんにく1カケ
生姜 にんにくより少し多め程度

アーモンド8コ
摩りごま 大さじ1


砂糖 黒砂糖大さじ1.5
   素焚糖大さじ1
※砂糖はお使いの砂糖でもOK

酒 大さじ1(無くても可)




●調理時間:20分ほど



豚バラを粗ミジン切りします。
大きめの方が美味しいという方もいますが、今回はハンバーグの玉ねぎより大きめにします。

アーモンドは細くしときます。

味噌は砂糖、お酒とミジン切りした生姜を混ぜて置きます。

生姜は摩り下ろしでもOKです。

にんにくもミジン切りに。摩り下ろしでもOK!!


さあ、ここから炒めます。


鉄フライパンを上手に使う鉄則

本来は油を引いて加熱し煙が出てきたら一呼吸した位に食材を入れますが、今回は豚脂があるので油をひかずに加熱します。


で、煙が出てきたら一呼吸した位に豚バラを入れます。
ここで火力を弱火と中火の間にし、豚脂がしっかり出て来るまで炒めます。



そうしたら、にんにくを入れて香りが出てきたら、味噌を入れます。


味噌は始め緩めですが、少しボテって感じまで炒めてからすりゴマとアーモンドを入れます。

ここでクルミやナッツを入れたり鰹節や鰹節粉、鰯粉、唐辛子を入れるたりと、
豚と味噌を同量位と言う基本はあるもののアイデアで各家庭色々なんだそうです。



全体に馴染む程度に少し炒めて出来上がり。




まずは炊きたてご飯でお楽しみ下さい!!






お付き合い下さり
ありがとうございます。







【鉄フライパンのテクニック】


料理でいつも思うのですが、どうも鉄フライパンでニンニクを炒めると焦げやすい気がします。


よく聞くのが、炒めの目安としての「キツネ色」


でも、鉄フライパンでこれを目安にニンニクを炒めると、料理が出来上がった時にニンニクは”苦い何か”に変身したいたりして
味が持っていかれちゃうんです。


ってことは、鉄フライパンでニンニクの場合、所謂キツネ色目安では行き過ぎ。


じゃあ、何で判断かとなりますが、匂いを感じたレベルでOK。

でも、この段階ではニンニク自体まだ白いので「え”~~~」ってなりそうですが、それで丁度出来上がりで合うって感じです。

ちょっとやってみて下さい。





【今回使ったフライパン】
今回使ったフライパンは26cm板厚1.2ミリ、深さは6cmです。
このフライパンは軽快に振れる重さなので、ヘラを使って味噌を練り炒めるような事にも使いやすいです。






追伸


今回砂糖の話に出てきた調所笑左衛門と銭屋五兵衛ですが、
密貿易やら砂糖の専売制やらで悪いイメージもありますが、、、、


米や菜種なども市場で人気商品にしたり、
治水事業や干拓事業もして農家や街の発展に大いに貢献もしています。


しかも、このお二人が頭角を表したのが、なんと!!


50才過ぎてから。



サザエさんの波平さんだって54才ですから、どうですか??

ゆっくりするには、まだまだって思いません?




もし、そう思ったら・・・・


とりあえず、フライパン振って美味しいの作りましょう(笑)




今回の参考文献

「鹿児島の歴史」原口泉 永山修一 日隅正守 松尾千歳 皆村武一
「沖縄の歴史」 安里進 高良倉吉 田名真之 豊見山和行 西里善行 真栄平房昭
「砂糖の本」 西尾弘二
「砂糖の文化誌」 伊藤汎監修
「砂糖の事典」 日高秀昌 岸原士郎 斎藤祥治
「砂糖の日本史」 江後迪子
「薩摩燃ゆ」 安部龍太郎
「斉彬に消された男」 台明寺岩人
「調所広郷」 芳即正
「薩摩藩経済官僚」 佐藤雅美
「南島雑話1」 名越左源太 国分直一 恵良宏
「南島雑話2」 名越左源太 国分直一 恵良宏
薩藩政要録・樺山本要集
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いい音させて作ったお料理は、やっぱ美味しいです。

美味しい音で「あじね」って言います。



お料理や使う方の使いやすさにあわせて
板厚、深さを変えてフライパン作ってます。

「あじねフライパン」
https://ajinefrypan.com/





2022年10月03日